2006年09月01日

日本女の誇りと韓国女のプライド

最近はちょっとまじめに韓国語の勉強をしてる。しかし韓国語教室では相変わらず先生に恋愛相談をもちかける自分。先生が快く相談にのってくれるので、つい甘えてしまって。
やっぱり、語学の先生は日本語が話せる人が良いですね。そして、日本人の心も解ってる人がベスト。両方の立場で見解できるから。私の気持ちも察してくれるし、彼の気持ちも同じ韓国人として察することができる。

うちの先生はKYUと同じくらいの年齢で、しかも釜山の人なので・・・
なんだか似てる。ソウルの人はどんなだか分からんけど、東京と大阪の違いみたいなもんかなぁ。てことは、私は大阪弁を習ってるんだろうか(笑)でもソウル大学出身らしいので、その点は安心だけど。(って、何が安心なのか。大阪弁が嫌だっつーことではないよー)

んでだな、
このあいだ先生と話していたことですごく興味深かった話。

私が恋愛について困っていると、先生が、
「いっそ、日本人の男と付き合えば?」と、言った。



えーーっ。じゃあ、韓国語教室やめるよ?(笑)


一瞬、私は「それ」を考えた。が、すぐに頭の中で破棄。

まず、相手の男をあれこれ言う前に、自分について考えてみる。

私は図体がでかいし、ごついし、重いし(汗)、
性格はきついし、わがままだし、怒りの沸点が低いし(汗汗)、
言葉もきついし、愛嬌より度胸だし(最悪・・・)、
冷静じゃないし、熱情的だし、
押されるくらいなら押してやる!だし、(意味分からんな)

過去の彼氏に「お前は男だ」と言われたこともあるパンチ(←こういうことを平気でか弱き女に言うところが最悪)(か弱くもないが)

こんな私は、繊細な日本人男性には太刀打ちしてもらえんらしい。
向かっていくと逃げられてしまうから(爆)
かと言って、おとなしくしていたところで向かって来てくれるわけでもない。

なんじゃそりゃ。

「先生、あのねー、一度韓国人男性と付き合ってしまったら、もう日本人の男性とは付き合えないなー」

「なんで?」

「味を占めたから:笑」

上記通りの性格である私にもめげず、直も押しを貫き通すKYUに私は感動した。私以上の熱情とバイタリティを持った人間を今まで見たことがない。
過去に「男だ」と言われた私を「か弱き女」として見てくれた人はKYUだけだ。

たとえ、
それが、
韓国人男性の恋愛に対する戦術だとしても、だ!

私って、女だったんだーぴかぴか(新しい)
って、確信させてくれた彼に感謝する。



ところで私がそう言うと、先生、
「僕も日本人の女性しか付き合えないよ」と言った。

えー、なんでー

先生は過去に3人の日本女性と付き合った経験があるらしい。
んで、日本女性はすごくいい、らしい。

「韓国の女性は、ねー・・・ちょっと、ねー」顔をしかめて言った。

日本の女性の良いところは、

1相手が男でも世話をする
2相手が男でも心配する
3相手が男でも介抱する
4わがままを言わない
5優しい
6親切
7丁寧

なんだって!
先生の過去の彼女たち、ありがとう。日本女性の印象を良くしてくれて。


しかし、だなぁー
123 についてどう思う?
これ、珍しいことか?
韓国の女性は守られるばかりで、男を守るって概念がないのか?
個人的にはそのような環境は羨ましいんだけど、
でもさー、

ちょっと腑に落ちない。


以前、見た韓国ドラマ。

男女カップルがいた。
しかし、男の方は心に悩み事を持っていて、顔に喧嘩の傷がある。
彼の様子を見て不信に思った彼女は彼に言った。
「どうしたの?何かあったの?」

すると、彼は笑顔を取り戻し彼女に言った。
「なんでもないよ。何もない。心配するな」

それでも彼女、心配そうな顔をしている。
すると彼は彼女を心配させないように、こう言った。
「さぁ、おいしいものでも食べに行こう!」

すると彼女、とたんに笑顔になり、
「わー嬉しい。どこに連れてってくれるの???」



この二人のやり取りを見て
「はー?」と思ったのは私だけかな。
これ、あり?

彼の不安そうな顔は確かに悩みを抱えている表情だ。しかも顔に傷があるんだよ?
愛し合う関係なら、微妙な彼の心の悩みも察知できるはずだ。
察知できないのなら、それは彼を愛していない。彼を見ていない証拠。
でも、この彼女は確かに「察知」した。したんだよ。だから一応OKなんだけど、問題はそこじゃない。

確かに悩みがあるはずなのに、
「美味いもの食べに行こう」の言葉に釣られてしまった彼女。
そこで既に彼女は、「彼の気持ちより自分の気持ちを優先している」ってことだ。

まぁ、ドラマの設定上、
男の優しさを表現したかったからそのような展開になったんだろうけど、

日本ならあり得ないね。
彼のことが好きなら、本当に心配なら、
彼が「大丈夫だよ」と、偽りの笑顔を見せたとしても、
絶対に大丈夫じゃないよな、と勘ぐって、
「いいえ!絶対に大丈夫じゃないわ!何かあったでしょう?私に何でも相談して!私に隠し事をしないで!」
と、日本のカップルならこのような展開になるはずだ。
相手が白状するまで詰め寄るはずだ。

間違っても、
「美味しいもの食べに行こう」「わー、ラッキー」
とはならないはずだ・・・と、私は思う。

この韓国ドラマの彼女は、
結局、彼の悩みを知らないままだった。
あり得ない・・・
何度も言うが、
顔に傷があるんだけど・・・いいの?



先生が言ってた。

日本の女性と付き合ったとき、
とにかく彼女がいつも自分の世話をしてくれた。心配してくれたことが嬉しかった。
韓国では立場が逆。いつも男が女を世話している。

日本の女性は、暑くても文句を言わずにじっと耐えている。
韓国の女性は、暑かったら「暑い!暑い!」と訴えて、何とか涼しくしてあげないといけないらしい。

日本の女性は、デートの計画に文句を言わず、おとなしくついて来る。
韓国の女性は、デートの計画に文句を言い、気に入らないと怒り出す、らしい。
↑これも信じられない。

本当のことなんだろうか?過大表現だろうか?


KYUと会ったとき、彼があまりにも甲斐甲斐しく世話してくれるので驚いた。

暑いとも言ってないのに「暑いだろう?」と言って世話をやき、
お腹すいてないのに、「お腹すいただろう?」と言って食べきれないほどの食料を持ってきてくれたり、
食堂に行くと椅子を出してくれて、座らせてくれて、箸も用意してくれて、水も用意してくれて、鍋の食べ物を器に入れてくれて、そこまでしてくれたのに、お勘定は全て彼が払って下さる。(韓国では男が払うのは当然なんだろうけど)
私は寝相が悪くていつも布団を蹴散らすんだけど、それをきれいに直してくれた(らしい)、
必ず私が先に寝るのを見届けてから彼は寝るし、
私が食べたあとのゴミを片付けようとすると、
「お前は座ってろ。俺がやるから」と言って彼が一人で動いている。


つまり、
女はいつも座っていればいい。
その周りで男が一生懸命動いている。
みたいな状況が目に浮かぶ。

これを一度味わってしまっては・・・・・・・・・・・

この私が、だよ?この、ごつくて重い私が(自爆)、
どれほど繊細で弱弱しい女性に変身できることか。


それでもKYUは私に言った。
日本人の女性はみんなそうなのか?みんな、そのように優しいのか?
って。

この私を見てそのように言ったの???

じゃーーーーーーっ、韓国の女性はいったいどんなんだよ??


でも・・・いかん、いかん。
こんなことで安心していてはだめだ。
彼の優しさに甘え、わがままに磨きがかかってはいけない。
もっと彼に優しくしてあげなくちゃ。
もっと彼にお世話してあげたい。



韓国語の先生、今は彼女いないらしいけど、
次の彼女も絶対に日本女性がいい、と言っていた。
ラベル:韓国人
posted by みよん at 09:27| ソウル | Comment(12) | LOVE 韓国>韓国人について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

手を切られた娘

韓国人と日本人、韓国社会と日本社会、韓国人の家庭と日本人の家庭は、
それぞれのスピリット(精神構造)や、考え方、儒教・宗教の教えなどの違いにより、双方お互いがお互いを理解し難いものだと感じると思います。

そのような環境や育った社会が違う人種同士が、恋愛したり結婚したりするのは、理解し難い分、苦労も多く、問題も多いのだと思う。

私がKYUと付き合い出した当初は本当に困惑することばかりだった。
第一印象は「すごく大らかで、優しくて、行動力のある人」だった。
しかし、それは日本人としての目で彼を見て、日本人としての見解で彼を解釈すれば、
「なに、こいつ???」
って思うことが本当に多かった。
今、思い返せば、当時の私は困惑しまくっていた。

悪く言えば、
図々しい、傲慢、ワンマン、プライバシーの侵害、
自分本位、わがまま、エトセトラ・・・

自分の思ったことは遠慮もなく言葉に出して相手に言う。
こんなこと言ったら相手は傷つくかな?なんて配慮の気持ちはカケラもない。
また、相手に対して自分の考えを同調させようとする。
相手のプライバシーの領域に土足で踏み込んでくる。
相手の全ては自分のもの、と言う概念。

数えだしたらきりがないし!
しかし、
フォローをいれるとするならば、
彼のこのような言動は一方的なものではなく、あくまでもお互いに通ずるもの。
自分が相手にその様にする意味は、相手にもまた自分にそのようにして欲しいと考えているのである。
自分の思ったことは包み隠さず全てを明らかにして欲しいと願っている。
自分の全てを相手に捧げようとする。
自分のプライバシーも相手と共有しようとする。
自分のものは相手のものだと言う概念。



日本人の考え方と違うのは、

このような図々しく傲慢な態度も、彼らにとってはお互いをより良く知るためのコミュニケーションの一部にすぎなくて、
そのようなやりとりをしていくうちに、ふたりはよりいっそう絆を深めることができて、理解しあえる仲になれると考えている。

図々しく傲慢だ、と言う受け止め方は、日本人の概念に過ぎないのかもしれない。
私が日本人として見解で彼らを見るとき、そのような言葉で表現するしかなくなってしまうんだけど、彼らにとっては、それらの言動は決して傲慢で図々しいものだという概念はない。

言葉の違いや考え方の違いによって、
彼らは良しとしてやっていることでも、私たちには不愉快に思えたり、
彼らが本当に親切でやっていることでも、私たちにはお節介に感じたり、
彼らが心から愛しているにも関わらず、私たちには無理強いにしか思えない。

などの「心のすれ違い」が生じてしまうんかもしれない。
これは、私にとっては実に大問題なんだな。

私は今まで、KYUの言動に常に戸惑いを感じ、心を傷つけられた。

なんでこの人はこんなこと言えるの?どうしてそんなことするの?
と、彼の性格を疑う場面も多かった。
彼を信じられなくなったこともたくさんあった。
私はそのたびに困惑して落ち込みながらも、それでも
「彼を理解しよう」と言う心を持ち続け、
私が間違っているのかもしれない、私の誤解かもしれない、と、問題点を自分に向けてみて、
韓国について、韓国人について、韓国社会について、
韓国儒教について、韓国人気質について、本を読み漁った。



どれだけの数の本を読んだかな・・・図書館に行けば結構たくさん韓国関連の本が置いてあるよ。


本を読むにつれ、私は彼を誤解している部分が多いな、と言うことを実感した。
KYUを信じられなくなった時もあったし、KYUを疑うこともあったけど、
それは全て自分の狭い見解での彼の評価であり、
全て自分の日本人としての解釈での彼の評価だった。

私という未熟な人間が、どうしてひとりの男性の全てを理解できるというのか。ましてや異国の男性の全てを。


韓国人と付き合うなら、日本人の解釈に縛られないで、彼らの社会を知ることが必要だと思った。
彼らの考え方や言動は私たちには理解できないともがき苦しんでも、
それが彼らにとっては当たり前のことなんだから仕方がない。
彼らと付き合うなら、彼らのスピリットを学ぶべきなんだ。
自分の概念を相手に押し付けないで、彼らの概念を自分が知るべきだと。
それが出来ないなら相手との縁を切れば良いだけのことなんだ。


KYUは私と永遠に付き合いたいと言った。その言葉に信憑性があるのかどうかは分からんが、それでも彼はそのように思っているからこそ私にそのように言ったんだと思うし、彼が言うからには私は信じる。
彼は私と付き合うには、まず私という人間を理解しなければ始まらないと感じ、日本語や日本文化、日本社会を学ぶことに精力的になった。

彼はとても日本を愛していて、日本を尊敬している韓国人。

私は彼の努力の姿を見てそれを実感した。



彼のそのような直向きな姿を見て、私も強情にならず素直に韓国を見つめようと思った。
悪い噂ばかりが世間では取りざたされるが、それは膨大な情報の一部に過ぎない。それが韓国の全てだと勘違いするのは良くないと思った。

韓国が嫌いな人は、韓国の悪い噂や情報ばかりに飛びつく。決して「良い部分」を見ようとはしない。
私は韓国人が素晴しい人種だと思っているわけじゃない。
それは日本人も同様。
世界中の人々が同じようなもの。
アメリカ人だって、世界を仕切ってヒーローぶりをアピールしているが、
彼らが優れた人種だとは到底思えない。
ロシアだって中国だって、ドイツだってフランスだって、
歴史の中で間違いを多く犯しているし、現実社会も傍目では発展しているように見えて、実際は崩壊に向かっていると感じる。
本当に素晴しい国、なんて皆無だと感じる。


私は世界を語れるほどの知識はないから大きなことは言えないが、
一個人として、一個人の韓国人を知ることはできる。
韓国社会や政治が日本に悪影響を及ぼしているのは事実だけど、
日本もまた自分たちでは気づかないところで他国を傷つけているのかもしれない。

国と国の国交問題は私には難しいし、私が何とかできるものでもないので、それらの問題は専門家に委ねるとして、

私がはっきりと実感したのは、

韓国人の若者たちは、社会や教育の中で反日を背負わされながらも、
自分たちの賢い頭で、素直な気持ちで日本を見つめ、
日本の素晴しさを体験し、実感し、日本に憧れて、尊敬している人が実に多い。
そして、その現状に気づかない日本人の若者が実に多い。



日本の悪口をネット上で繰り広げているネット専門住人たちは、
ネットの世界の中でしか日本を見ていない人たち。小学生や中学生など子供が多い。また、大人がいたとしても、家族の中に反日感情を持つ両親がいたり、祖父母がいたりして、その影響を大きく受けている人が多い。

彼ら若者が、家族から自立して、社会を自分の目で確かめることができた時、人から聞いた話ではなく、自分の体験の中で日本人を知り、日本人と共に仕事をしたり、付き合ったりしていく中で、
本当の日本人の素晴しさを感じられるのだと思う。そして、
政治問題などのややこしい話は、それはそれ、これはこれ、であり、
一個人としてお互い友情を築いている日本人と韓国人は多いはず。

一個人間で問題が起こるとするならば、それは異国人同士なら仕方のないことであり、それでもなお良い関係を築き上げようとしてお互い助け合って努力しあう。

ノムヒョン大統領と小泉さんがいがみ合っている間にも、
個人的に仲良くしている韓国人と日本人は増え続けているんだと思う。



私が母親から教わったことで、

「どんなに嫌いな人でも礼儀だけは忘れずに」
「嫌いな人でも良い部分を見つけようと努力しなさい」
「嫌だと思っている人でも、いつ、どこで、何らかの形で世話になることがあるかもしれない。それを忘れずに相手には常に謙虚に。」

これらの母の助言は、ずっと私の中に根付いているけど、実行するのは結構難しい。
でも、人間関係をうまくしたいと思う時など(仕事上など)では、良いアドバイスだと思う。



人とうまく付き合うには、

まず、相手を知る!

表面的な部分を眺めるだけで相手を理解したと勘違いしないで、
どうしてもその人と付き合っていこうと思うなら、
例え嫌いでも、ムカついても、
もっと相手を知ろうと、自分が努力することが必要だと思った。
そして、相手の本心が見えたときに自分の考えを決定すればいい。



他人から教わることは実に多い。良い部分も悪い部分も。
自分が嫌だと思ったからといって、どんどん他人を排除していけば、
残ったものは何もない。自分が最後には孤独になってしまう。
もっと相手に興味を持ち、本当の相手を知ることが、相手との繋がりを深めるんだと。



私は個人的には、

韓国と日本は仲良しになって欲しいと思ってる。
韓国と日本がタッグを組めば無敵になるんじゃないかな、なんて想像したりする。
韓国人の熱い魂、日本人の冷静な見解が上手くマッチすれば、
めちゃイケてると思うんだけどな。
posted by みよん at 16:29| ソウル ☁| Comment(4) | LOVE 韓国>韓国人について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月28日

在日一世

あるとき週間ポストを読んでいたら在日韓国人カメラマンの記事が載っていました。在日三世のカメラマンが在日一世を探して日本中を旅したという記事でした。このカメラマンが出版した写真集「在日一世」と言う本がどうしても読みたくなり、その足で本屋にかけこみました。案の定、本屋に在庫がある訳もなく・・・注文して2日後に手に入れました。

かなり立派な本です。全てモノクロ編集ですが、それが著者の狙いでもあると思います。扉を開けていきなり関門海峡の写真が見開きで出てきますが・・・何とも言えない重い空気・・・デジャブ現象がいきなり自分に襲い掛かります。そしてそのぶ厚い本を一気読み。在日一世の方々の自分の人生を語る形式で内容が書かれてます。全てお写真付き。読んでる間は共に喜んだり、共に悲しんだり、共に苦しんだり・・・ちょっとハードでした(汗)。(ちなみに、サイドバーにリンク貼り付けました。興味があったら覗いてみて下さい)

この本を読んで分かったことは、とにかく戦争時代に生きると言うことは困難であるということ、何もない、食べるものもない、そんな状況になったことのない自分にはどれほどの苦しみかなんて想像すらできません。「苦しい、苦しい」と思いながら毎日泣いて暮らす。食べるものがないということはどれほど苦しいでしょうか。
「人間、生まれたからには生きるしかない。どんな困難があったとしても生き抜くしかない。」(文中より抜粋)生きるために生き抜く。人間はどうして生きなければならないのか、理由なんてありません。ただ、このおじいちゃんが言うように生まれたからこそ生きるんだと思いました。この人たちの生に対する信念はすごいものがあると思いました。今の時代、苦労や困難は避けて通ることができます。だから私たちは敢えて困難な道を選ばないように生きていけます。しかしこの時代の人たちは、生きるためには絶対に困難に立ち向かわなくてはいけなかったのです。

現代の人たちは贅沢病に犯されています。自分の子供を虐待したり、挙句には殺してしまう。子供が泣くからうるさい、と言う理由だけで。見知らぬ人と喧嘩になったら殺してしまう。幼女をターゲットにして自分の欲求を解消する。お金が欲しいから奪う。夫への腹いせに自分の家を焼く。お金のためなら違法な行為も隠して実行。真面目に働いて金を稼ごうとせず、騙して儲けようとする。
戦争時代を体験したことのない私たちは今の苦労がとてつもなく大きな苦労に思えます。ちょっとのことも我慢ができない。ストレスのはけ口を弱いものに向ける・・・身体は強く大きくなって来たけど精神的に弱くなっているんですね、きっと。逆境に耐えられない。
だけど、こういう方たちの話を聞けば、いかに自分たちが裕福な暮らしをさせてもらっているか分かります。自分は甘いなって実感しました。どんな苦労にも負けず懸命に生きてきた方たちに尊敬の念すら抱きます。

食べるものがない・・・ このことがどれほどの苦しみなのか、
私は生涯知らずして過していくんでしょうね。


「戦後苦しいのはみんな同じ。食べるものがない。日本人もない。朝鮮人もない・・・」


日本人でも韓国人でも同じように苦労して生き抜いてきたのなら、何も在日韓国人だけに限って尊敬の気持ちを抱くわけではない。私たちのおじいちゃんやおばあちゃん世代の人たちも、私たちの知らない時代に、私たちの想像を絶するような苦労を重ねてここまで来たに違いないのだから。でも、もうそんな話を聞かせてくれるような人は少なくなってきた。私たちの身近に居るおじいちゃん、おばあちゃんたちは優しい笑顔で接してくれる。その昔、そんな大変な苦労をしてきたという事実を匂わせる様子もなく。
ただ、一つだけ感じたのは、
日本人と在日韓国人が同じように苦しみぬいてきた人生だと言っても、違う点が一つだけある。それは、在日一世たちは異国の地で故郷を偲びながら亡くなって行くということ。帰りたくても帰れない、故郷(韓国)に帰りたいと願い続けてそして亡くなられて行くのです。そこに日本人のそれとは違った「哀愁」をとても強く感じます。

ぶ厚い本を一気に読み上げて、最後には涙が止まらなくなっていました。
私は今までの人生、自分では苦労してきた方だと思っていたけど、日本で生まれて日本で育って今まで何不自由なく生きてきた。いろいろな苦しみはあったけど、この本を読んだとき自分の人生について改めて考えさせられました。
韓国人だからとか日本人だからとか、そんな理由で読む本ではないと思います。同じ人間として在日韓国人の方たちの話を聞いてみて、自分にとってとても感慨深いものがあったし、勉強させられることもあったし、自分の甘さを思い知らされた。

私たち若い者は戦争の苦労を知らない。戦争で苦しみぬいてきた方たちの恩恵を受けて贅沢三昧している。今が楽しければいいという考えでやりたい放題、言いたい放題。私は、若い人たちほどお年寄りの人たちと接することが必要だと思いました。若い時代は人生の中で華だけど、長い人生でたった一過程に過ぎない。年をとったとき如何に自由に暮らせるか、如何に楽に過せるか、如何に楽しく過せるか、人間の最終的な目標は老後の自分にあるのだと思います。目の前にある一つの目標、それは長い人生の中での一過程。それはまだ最終目標じゃない。その次の目標、その次の目標、それを何度もクリアして行って、もうこれ以上やるべきことはなくなったと感じた時やっと訪れる。自分はやり遂げたんだ、と自負できる満足感が。

人間の限界の苦しみを味わいながらも精一杯生きてきた方たちの悟りを開いた言葉、その一つ一つがとても胸を打ちました。その中の一つ、今の自分に最も共感持てた言葉。


「誰も恨むことはできない。国と国との戦争。それが恨み」



私たちは在日三世の世代の人間。今は三世の人たちは自分の本名を名乗ることができるほどにまでなってきてる。当時の戦後間もない時代にはとても考えられないことらしいです。自分の本名を隠し、日本人として生きてきた人たち。今の日本と韓国の関係を見てどのように思ってるんでしょうか。本文には現在についての彼らのコメントはあまり載っていなかったけど、これからの世代の私たちは日韓の関係についてどのようにしていくべきなのか。彼らはどうして欲しいと思っているのか、これからのことについても聞きたかったという気持ちもあります。

韓流などの影響もあって日本にとって韓国は未知の国ではなくなってきてる。国と国の仲が悪いように見えるけど、一個人同士の関係はとても良かったりする。国策のためにいろいろな問題は残ったまま進展しないけど、戦争を知らない世代の人間は自分の考えで物事を把握し、自分の目で見たものを信じて生きていく。不仲に見えて実際は開けて来てると思う。つまり当時に比べたら随分と仲良しになって来てるはずなんです。誰も恨むことはできない、と、実際に戦争によって苦しんだ人がそう言ってる。現代の人たちは一体何に対して怒りを現しているのか。人と人が憎しみ合うのはもう終わりにしたいです。




追記: 女の視点から感じたこと。写真集の中には数人の女性がチマチョゴリを着ていました。カメラマンは「普段着でいいよ」と言ったらしいのですが。そこに韓国女性としての誇りや、韓国人としての故郷への郷愁を感じました。最後にはきっとチョゴリを着て旅立ちたいと願うのでしょうか。私は韓国人なので分かりませんけど・・・ ただ、「春の日は過ぎ行く」のビデオの中にもあったけど、おばあちゃんがラスト「死を覚悟」して旅立つときにチマチョゴリを着て去っていくんですね。それまでみすぼらしい普段着しか着ていなかったのに。なんか切ないです・・・
posted by みよん at 00:48| Comment(2) | LOVE 韓国>韓国人について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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