2006年08月29日

child abuse

今日は韓国に関係ない記事です。幼児虐待については真面目に考えています。
シビアな内容の記事になりますが、面白半分で読まないでください。
記事、かなり長いです。


まずはこれ バッド(下向き矢印) 中日新聞の記事から。

http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20060826/mng_____sya_____005.shtml


数日前の事件になります。
記事をじっくり読んでいただくと分かりますが、
私はこの事件の記事を読んで問題点がたくさんあることに気づきました。
どうしても居た堪れない気持ちになり、ブログに書くことにしました。

その前に、まず、
中日新聞での「幼児虐待」に関した記事は、いつもこのようにとても詳細で具体的に事件の内容が書かれています。
私が思うには、これは幼児虐待の事件を追い続けている記者さんの「強い想い」が大きく反映されているんだと思います。
というのも、数年前に私は中日新聞社にメールしたことがあるのです。数年前に起こった名古屋でのとある幼児虐待事件。それはとても辛くて可哀想な事件だったのですが、あまりにも悔しくて記事を書いた記者さんにメールしたのです。

問題点は「名古屋市児童相談所」にあります。その件について記者さんに問い合わせたのです。メールの返事はすぐに頂きました。メールの内容についてはここに詳しく書けませんが、記者さんの真剣な想いと熱意が十分に伝わってきました。記事を書いている記者さんも、本当はとても悔しくて辛いんだな、と。

新聞社に限らず、多くのメディアの記者さんたちは、ただ日ごろ起きた事件を報道しているだけなのではなく、そこに彼らの何らかの熱い思いが込められているんだと知りました。彼らは真実を報道しながらも、個人的感情は表せないにしろ、遠まわしに、そして事件に直結してその「何か」を伝えたいと願っているのです。

幼児虐待に関して言うならば、少なからずその記者さんは私のメールを読んでとても励みになると答えてくださいました。つまり、彼(彼女)は、常に何かを求めて事件を追い、事件を直視して、記事に書いているんだなって。

そのように記者さんの熱意が記事の中のどこかに潜んでいるのだと、謎解きのように記事を読み進めれば、彼らが本当に言いたいことは何なのか、本当は一番何を伝えたいのか、見えてくるのです。

今回のこの記事に関して思うこと。
とにかく死ななくて良かった、この一言です。
ただ、これからがこの小さな兄弟について大変な時期となるのです。
そのアフターケアやフォローはどのように成されるのか、傷つけられた心の修復は本当に難しいと思う。命が助かっただけでも良かったんだけど、この兄弟を救わなくてはいけないのはこれから。

そしてもうひとつ。すごいな、と個人的に思ったこと。
この可哀想な姿の子供を発見した周りの大人たち。一致団結で小さな命を救ったのです。素晴らしいです。子供の親に代わって「ありがとう」と言いたいです。
そして私が最も良かったと感じたこと、それは、
一人の会社役員の人が通報した先が「110番」だったと言うことです。

さっき書きましたが、問題点は児童相談所にあります。この問題点については後述しますが、とにかく通報先が児相じゃなくて良かった。警察で良かった!と思いました。
つまり、警察に通報となれば「事件」として扱われるからです。明らかに暴力行為がされていたわけだから。



そして問題点がたくさんあると冒頭に書きましたが、
まず第一に、
幼児虐待を無くそうと思っても絶対に無理だということを認識することです。
事件はなくなるどころか、これからはもっと増えていくはずです。
事件をなくそうというより、事件を早く発見しようと働きかける姿勢、それが大切なのです。
他人のことは知らない、では済まされないのです。

事件が起こってしまってからでは遅いのです。だから、事件が起きる前に、どのようにして発見できるのか、対処できるのか、
常に構えた姿勢で子供たちを見守らなければいけない。
幼児虐待はこれからの時代、常にあり得るのだと。日常的なものなのだと。
特別な事件ではなくて、これからはもっともっと増えるだろうし、
だからこそ、事件をなくそうと考えるよりも、もっと大切なのは、
常に子供たちを注意して観察し、少しのサインも見逃さないようにし、
ちょっとした変化でもすぐに対処できるように周りの人間が常に身構えておく、このような体制が必要だと思います。

事件を解決するのではなく、
なくならない事件を無くそうと呼びかけるだけではなく、
子供たちはいつも危険なんだ、守るのは周りの大人たちなんだと、
人々の「意識改革」が最重要点なんだと思います。
肝心なのは、一般人の意識。変わらなければいけないのは一般人の私たち。

どんなに市政が良くなっても、すばらしい施設ができても、
子供たちが亡くなってしまってからでは無用の長物なのだから。


次の問題点、
幼児虐待事件でいつも問われることが、
「どうしてもっと早く発見できなかったのか」と言うことです。
今回のこの事件に関しては、心温かい人たちによって実に見事に子供たちを救って下さいましたが、それでも問題となっているのは、
この子供たちは昨年の暮れから虐待を受けていた可能性があるという事です。
今回の発見までに8ヶ月も経っています。暴力を受けて顔が腫れ上がった状態でずっと耐えていたのだと思うと居た堪れない・・・
小さなアパートに住んでいたのなら、周りの住人は虐待に気づかないはずがないんです。薄々気づいていた人もいるはずなんです。それでも、どうしても通報できない。助けられない。分かっていても行動に移せない、それが大きな問題点です。
それは、事件を起こしている張本人が「実の親」だからなのです。
そこが幼児虐待事件に関しての盲点であり、最もネックな部分なのです。

虐待だと分かっていても一歩踏み出すことが出来ない周りの人々。
他人だから、親族じゃないから、プライバシーに関わることだから、
お節介だと思われるから、他人の家庭のことに関して口出しできないから、
そのような様々な思いから躊躇してしまいます。そして、少しの躊躇の間に子供たちは殺されてしまうんです。

いつまで同じことが何度も繰り返されるんでしょうか。
そこでもやっぱり周りの人々の意識改革が必要なんです。
見て見ぬ振り、見てしまっても何もできない、したくない、関わりたくない、
そのような意識をなくすことが必要です。

子供たちを守るのは実の親だけじゃない。
全ての大人たちで全ての子供たちを守る。
そのような意識を作っていくことが大切なのです。


最後の問題点、
私が今回、最も言いたかったこと「名古屋市児童相談所」について。

中日新聞の記事から一部抜粋:

同市内では、児童相談所が虐待の通報を受けながら、虐待死を防げなかった事件が、昨年まで5年連続で5件発生。



実は私、児童相談所に関して腹に一物あるんです。

今から5年前の話になりますが、
私の家の前は公園があるのですが、夜中の2時頃、その公園から小さな赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきました。びっくりして窓から恐る恐る公園を覗いて見ました。「捨て子かな?」なんて思ったのですが、どうやらその子の親らしき大人の人がちゃんと赤ちゃんを抱っこしている姿を見つけました。
良かった・・・と、安心したのもつかの間。
その人はベンチに座りながら赤ちゃんを膝の上に座らせて、小さな頬を平手打ちでパンパンと殴り始めたのです。
私は驚きのあまり言葉も出ませんでした。
小さな赤ちゃんでした。大人の方は、背格好からして男の人に見えました。
叩かれた赤ちゃんは火がついたように激しく泣きました。
私は思わず公園に向かって走り出しました。

もたもたしているあいだに、公園に着いたときは二人はもう居ませんでした。
すると向こうの方へ歩いていく彼を見つけました。
私はとっさに彼を呼び止めました。
彼は慌てる様子もなく、驚く様子もなく、至って冷静に振り向きました。
若い男の人でした。たぶん、20才そこそこの。
あまりにも静かに冷情な目で私を見つめるので私は怖くなりました。
「貴方がさっき赤ちゃんを叩いているのを見たんです。放っておけなくて追いかけて来ました。」
彼は何も言いません。ただ黙って私を見つめています。
赤ちゃんはずっと彼の腕の中で泣いていました。
「ちょっと貸して!」私は彼から赤ちゃんを奪いました。(やってはいけないこと?)意外にも彼はすんなり赤ちゃんを渡してくれました。
とても小さくて可愛い赤ちゃんだった。他人から見れば何も憎む要素なんてない。ただ、若いパパとママには初めての子育ては地獄の日々だったのかもしれない。
多分、赤ちゃんが夜中に愚図って、若いママは子育てに疲れ、パパがママの代わりに外に連れ出したんだろう。外気に当てれば子供が泣き止むと思ったんだろう。それでも泣き止まないから思わず殴ってしまったんだろう。

赤ちゃんは泣き止みました。そしてすぐに寝ちゃったんです。
きっと私をママだと勘違いしたんだろうね。すごくかわいかった。
私は彼に何も言えなかった。でも、お節介だとしても、あのまま見過ごすわけには行かなかった。自己満足かもしれないけど、何とかしてあげたいと思って彼を追った。

私はただ一言だけ彼に言いました。
赤ちゃんは泣くことしかできない。言葉で伝えることができない。どうか殴らないで下さい。

終始無言だった彼。その時やっと彼は赤ちゃんの名前を呼びました。
「マキ(仮名)、こっちおいで」
優しい口調でした。それで私は安心して彼に赤ちゃんを返しました。


その次の日、昨日のその赤ちゃんが忘れられなくて、あのまま放っておけば再び赤ちゃんを虐待しかねないと思い、私は児相に電話したんです。若い夫婦だけに虐待する危険性が大きいと思ったからです。児相の対応は全くもって無愛想でした。そして私が事の詳細を打ち明けると面倒そうに答えるのです。初めて児相に電話したので私の方も「こんなもんかな?」ぐらいに思っていました。
「とにかくその赤ちゃんを探してください。あのままだと虐待が過激になってしまうかもしれない。」
児相の職員に赤ちゃんの名前と、その公園の所在地、自分の名前と住所と電話番号を聞かれたので答えました。
「生後3ヶ月くらいの小さな赤ちゃん、名前はマキ(仮名)、男の子です。この公園に歩いて来ていたから、公園の近くに住んでいる人だと思います。調べればすぐに分かると思います。」
そこまで条件が揃っていれば、児相ならすぐに調べられるだろう。
保健所や病院に問い合わせれば分かるだろう。
住所も名前も提供してるんだから!

ところが・・・
2週間待っても返事が来ない。私、ずっと待っていたんですよ、児相からの連絡。その間、ずっと不安で不安で・・・虐待されてないか?大丈夫か?すごく気になって・・・
待っていても連絡来ないから、こちらから再び電話してみました。
すると児相の職員の実に冷めた言葉!!
「ああ、あれね、その後すぐに調べたんですけどね、結局どこの赤ちゃんか分からなかったんですよ・・・」


それで終わり???
分からない、んで、終わり??
その後、何もしないの?
私は虐待の現場を見てるんですよ?通報してるんですよ?
危険だから何とかして欲しいとお願いしてるんですよ?
調べても分からなかったら放っておくの?



虐待を放っておくの!!???


すっごいムカつきました。


このままでは済まされない。
私は何のために2週間以上も連絡を待っていたんだろう?

「虐待は通報する義務がある」なんて市民に呼びかけ運動をしておいて、
通報しても対応する施設がこの態度で良いのか??



私は保健所に電話した。
最初からそうするべきだった。
同じように保健婦さんに虐待の状況を伝えた。
「児相では冷たい対応でした。請け負ってくれなかったです。でも放っておけないです。赤ちゃんを探して下さい。ちゃんと子育て出来ているか見てあげてください」
私がそのように伝えると、保健婦さんはとても優しく答えてくれました。
「分かりました。絶対に何とかしますから。安心して下さいね。それから、今回はこのように通報して頂いてありがとうございました。また、何か見たり聞いたりしたらいつでも電話して下さいね。」

そして、その後、
ちゃんと保健所から連絡がありました。
そして保健婦さんは私を慰めるかのように言ったんです。
「赤ちゃんを探し出しました。どうやら公園の近所の人みたいですね。とても若いご夫婦のようです。これからは保健婦が定期的にそのお宅へ伺って子育ての指導をして行きますので安心して下さいね。このたびはありがとうございました。」
保健所のおかげで赤ちゃんは専門家によって守られることになり、私はやっと安心できたんです。



話が長くなりましたが、

結局、児相は何をしてくれたのか?
そして、児童相談所と銘打つ専門施設がこのような対応で良いのか?
子供を守るべき職にある専門家が、虐待を放置していて良いのか?


結局、
保健所で探し出せたものを児相は探せなかった。
こんな体制で、どうして子供が守れるのか?



もう一度、嫌味のように抜粋 バッド(下向き矢印)

同市内では、児童相談所が虐待の通報を受けながら、虐待死を防げなかった事件が、昨年まで5年連続で5件発生。

どうなってんだよ!このままでいいのか!?
と言う、記者さんの叫びが聞こえて来そうです。

今でも私は忘れていません、あの児相の職員の無愛想な口調、態度。
そして面倒臭そうな言い草。
人手が足りないのですか?資金が足りないのですか?

だったら名古屋市がもっと力を注ぐべきです。改善する必要です。


名古屋だけじゃないと思います。
全国でもっと虐待について認識を深め、改革をするべきです。
それは市政や行政だけじゃなく、
一般市民の私たちも必要。

子供は大人のおもちゃじゃない。
子供は大人のストレスのはけ口じゃない。
逆らえなくて、抵抗できなくて、大人や社会の不条理の犠牲になっている子供達をもっと注意深く見つめなければならない。
虐待はいつでもあるんです。日常的に起こっているんです。
知らないだけ。気づかないだけ。
でも、確かに起こっているんです。
タグ:child abuse
posted by みよん at 01:05| ソウル ☁| Comment(3) | 私の気になるニュース>社会ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月24日

韓半島 vol.2

最近は、彼に放置プレイの刑に処されているんで、空いてしまった膨大な時間を有意義に過ごそうと考えたんだが、結局は自分の大切な時間を費やすターゲットは「韓国映画」だったりするんだな。

ここでも私は韓流生活から抜け出せずにあがいてるルルル・・・
んで、

韓国の映画は本当に面白い。ドラマもすっごくイイ!
暇な時間を潰すにはもってこいだぜ。泣けるし。←泣きたいんか?

ちなみに「美しき野獣」、いつになったら空きが出るんだYO!
今日もレンタル行ったけどやっぱり満員御礼「貸出し中」



ところで、コレですがバッド(下向き矢印)

http://www.hanbando2006.com/


韓半島については以前も書きましたが⇒ 此処


日本での公開は中止になったみたいですね・・・そうだよなぁ、
私としては日本で公開してみても面白いんではないか?と思ってたんだが、
やっぱりこれはちょっと・・・アレですよね?いくら映画だと言えども、どうやらコレはチョットやり過ぎと言うか、あり得ないどころか、日ごろの鬱憤を晴らすために作ったぜぃ〜!って、監督の喜びの叫びが聞こえそうなんだけど。そんなん見せられてしまっては、いくら「NOと言えない日本人」っつーても笑って済ませられんだろー。

日本人が自ら「日本沈没」なんて映画を作る分にはモーマンタイなんだが、
他国が日本をこんな見事に扱き下ろす映画もないだろう。
しかも、それがまた、韓国なだけに・・・シャレにならんだろー


日本人にそこまでして頭下げさせたいか?って感じ。
興ざめ。

日本政府が出るまでもないんだと思うけど、相手が「映画娯楽」なだけに。
でもさ、これが逆の立場だったらさ、
韓国は大統領はじめ国を挙げて反論してくるんだろうな。
「公開を即刻中止しろ」なんて言われるんだろうな。日本での公開なのに。


公式ページを見ると、どうやら真ん中にいらっしゃる俳優さんが「大統領」を演じてる役者さんかな?この人、シルミドに出ていた人だよね。私、シルミドで見たときはすごく好きだったのにさ!誠実でかっこよくてさ!
でも、こんな反日映画でギャラもらってる人ならもうシロヘヨ。

でも、ね・・・見てみたいって思うわけよ。
きっと腹が立つんだろ〜な〜、ってことは百も承知なんだけどね。
怖いもの見たさと言うか・・・(笑)
どれだけ「あり得ない」ストーリーなのか、
突っ込みどころが100以上あるか!?とか、
韓国では有名な監督らしいけど、日本人の自分が見ての彼の評価とか。
いろいろチェックしたいわけよ。

グッド(上向き矢印) 純粋に映画を楽しもうとは更々考えてない私。


映画ファイル、手に入れようと思えば手に入るんだけど、日本語訳がされてないとなぁ。まぁ・・・そこまでして見る価値がある映画とは到底思えない。気分を害するだけだと。

韓国人は、この映画を見て「せいせいした!」って気持ちになれるそうです。それほど日常的に日本に敵対心を抱いているってことですね。んで、監督もその中の一人ってことですね。
んで、監督って言う職業特権で、あり得ない話の映画を堂々と作ってしまって大儲け、ってことですね。

日本人の私にとっては、その程度の映画でしかないわ。
posted by みよん at 17:49| ソウル 🌁| Comment(4) | LOVE 韓国>K-POP/映画/韓ドラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月22日

グエムル

047.jpg

これ グッド(上向き矢印) 観に行きたいです。
どんなだかさっぱり分からないんだけど、なんだか面白そう。
ソン・ガンホ出演だし、監督は「殺人の追憶」作った人みたい。




問題は・・・誰と観に行くか、だ。



韓国映画を一緒に見に行ってくれる友達は一人も居ない。
かといって、一人で映画を見に行くことが出来ない私。

そんな理由で、「オールドボーイ」も「美しき野獣」も「頭の中の消しゴム」も映画館で見れなかったんだ!レンタルビデオが出るまで待って、部屋で一人寂しく見るばかりなんだ。
ちなみに「美しき野獣」は、レンタルビデオいつも貸出し中ばかりで未だに見ることが出来ないみよんン・・・




http://www.guemuru.com/
posted by みよん at 18:32| ソウル ☁| Comment(7) | LOVE 韓国>K-POP/映画/韓ドラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月21日

人を愛すること

愛って報われないもの。

私の愛はいつでも報われない。
私の愛はいつか報われるのか。
この愛が報われるにはどうしたらいいの?

恋愛をしている者は常に悩み、試行錯誤して愛に報いようとする。
でも、愛って、
所詮、報われないものなんだ。
報われることなんてないんだから。

報われないものを報われようとするから苦しいんだ。
苦しみから解放されたいから、人を愛し、
でも、愛されたいと願うから苦しいんだ。

愛って報いられるものではなく、報いるもの。
受けるものではなくて、本来、与えるもの。
愛されたいと願ってばかりいる人は、結局誰からも愛されない。

誰かに愛されたい、あの人に愛されたいと願う気持ちは、
それは「愛」ではなくて、「欲求」

人は「愛している」と、簡単に言うけれど、
どうして「愛している」と言うの?
好きだから言うの?
本当に愛しているなら、その真の気持ちを、
単なる言葉じゃなくて行動で態度で示すことができるのか。

愛が報われるとするならば、
その報われる日とはいつなのか?
結婚すれば「報われた」と言えるんだろうか?
結婚は、愛の終結じゃない。結婚は愛の始まりであり、そこが終着点じゃない。
結婚してから、愛をどのように育むのかが焦点で、
利己的な愛はいつか冷めるし、終わってしまうはず。
二人の真の愛がどのように営まれていくかが重要で、
結婚が、愛を全うしたという答えにはならない。

子供ができたら愛が報われたと言えるのか。
子供ができれば、新たな「愛」が誕生するが、それも愛の終結ではない。

子供が成長したら愛が報われたと言えるのか。
夫が出世したら愛が報われたことになるのか。
妻が何も不自由なく平凡に過ごせることが、愛の報いなのか。

いつになったら、愛は報われたと言えるのか。


愛し合う二人は、いつの日か、
愛が報われた!と心から感じられる時が来るのか。


人はいつも愛に悩み、苦しむ。
それは、人が愛について錯覚をしているからだ。
愛は報われるものではなくて、全うするもの。貫くもの。
自分が愛されたいという願いは「愛」ではない。
愛する人に、真の愛を捧げてそれを貫く。
一人の人を心から愛し、それを貫くことが大切だから。

男女間の恋愛だけが「愛」ではない。
子供を思う親の愛情、友達を大切に考える心、
動物を守り続ける愛情、世界の苦しむ人たちを助けようとする愛情、
家族を大切に見守る愛情、
そして生きた人ばかりではなく、死んでしまった人への愛情もある。
それらの愛は決して見返りを期待していない。
自分が愛を捧げるのは、その人が幸福になって欲しいと思うから。
そのような美しい愛情を、人間は誰でも持っていて、誰でも感じている。
人間は本当は真実の愛を知っているんだ。


言葉で愛を語るのは本当に難しい。
愛って、人間の頭脳では計り知れない大きなエネルギーだと思う。
だから、人間の作り上げた言語や文字では、
愛を解釈することは出来ない。愛を解読することなんて出来ない。
なのに、人は人を愛することができる。
人は無意識の中で愛の概念を誕生させて、それを全うしようとする。
潜在意識の中で、人は深い愛情を感じている。
人は表面的なものに惑わされている。
人は、人間の作り上げた曲がった社会、理念、ルール、欲望によって真実の愛を失いかけている。

愛が報われるとするならば、
それは人が最期を迎えるときなのかもしれない。
自分が愛する人を心から愛し、それを全うし、貫き、
最期に死を迎える日に、
自分の深い愛に誇りを感じることが出来て、自分の貫き通した愛に報いを感じられるのかもしれない。

愛されたいと思う気持ちと、
愛したい、と思う気持ちは、
とてもよく似ているけれど、まったく違うもの。

愛されたい、愛されたい、と、願っているのなら、
一人でもいいから誰かをとことん愛し、
報われることを願おうとしないで、
その愛を死ぬまで貫くことが大切なんだと思う。

愛は、苦しいもの。
でも、愛の本当の意味を知ることが出来たら、
どんなに報われない愛だとしても、それは苦しいものではない。
愛は苦しいものではないんだから。
愛は喜びなんだから。

苦しいと感じているならば、それは愛を履き違えている。
苦しいと感じているならば、それは本当の愛じゃない。
愛が喜びに感じられたときが、真実の愛を見つけられたとき。

そばに居なくても、結婚できなくても、貧しくても、病気でも、たとえ相手が死んだとしても、自分が死んだとしても、
真実の愛は絶対に消えない。永遠に消えない。
真実の愛ならば、どんな問題が起きても絶対に消えない。

愛と欲求を間違えないで。
似ているけど、違うんだから。
愛に苦しまないで。
愛は、喜びなんだから。
愛は、人間にとって一番大きなパワー。
原動力、エネルギーなんだから。
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posted by みよん at 00:24| ソウル ☁| Comment(4) | ニッキ >愛について語る! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

愛されるよりも、愛したいマジで(タイトル抜粋)

韓国の男性って、仕事や私生活での悩みや苦悩を他人に相談したりしないの?それは相手に心配かけたくないから?一人で思い悩むの?
それとも・・・友達には話したりするの?家族や兄弟は?
韓国では家族はとても強い絆で結ばれていて、お互いをとても大切に思っていて、
いつでも心配かけないように気配りして、年上には礼儀を重んじて、
それは分かってる。それは私は韓国のドラマを見たり、ニュースで見たり、本を読んだり、ネットで調べたり、
KYUの態度を見ていたから・・・
私は分かってる。
だけど、韓国のこと、いくら調べても、いくら情報を頭に叩き込んでも、
韓国人の心まではどうしても理解できない。掴めないの。
知ることが出来ないの。

韓国人は、情に厚いと言うけど、
その相手に対する熱い思いが、私は彼らの尊敬できるところで、
私は彼らの積極的な姿勢や行動がとても好きで、
だから私は韓国人が大好きで・・・

でも、彼らだって人間だし、人生に悩むこともあると思うし、
彼らは苦しい時、悲しい時、どうしてるの?
誰かに心の内を明かすの?誰かに救いを求めるの?

大切な人に心配かけさせたくないから、自分の悩みを大切な人には相談したくない、その気持ちは分かるよ。私も同じだから。
自分の悩みは結局自分自身で解決しなくてはならないことだから。
余計な心配をかけさせて相手を悩ませたくない。だから、
自分の苦しみは絶対に話さなかった。
自分ひとりで苦しむのは辛いけど、自分の悩みを相手に話すことはもっと辛い。
それは私の寂しい心に惨めな思いがあるから。
所詮、他人は私を救うことはできない。
所詮、他人は自分が一番大切で、自分の生きる道に必死なんだから。
私が私の悩みを彼らに打ち明けたところで、彼らの重荷になるだけで、
彼らの苦悩がもっと増えることになるんだから。

でも・・・私はそのような考えで生きてきたけど、
愛する人が苦しんでいたとして、それを知らずに居た自分に気づいた時、
私は多分、とてつもなく深い悲しみと打撃を受けるんだと思う。
私は、愛する人の安らぎとなりたいと思っている。
愛する人が私を必要としてくれるような人間になりたいと、
いつもそのように願っていたのに・・・・・

私は、愛を受けるよりも、愛を与えたいの。
愛されることは喜びだし、幸せだし、とても素晴しいことだと思うけど、でも、
愛して愛して、とことん愛して、自分自身が崩壊するくらい愛せる人がいたとしたら、
それほど素晴しいことはないと思う。
たとえそれが自分に返ってこない愛であっても、
どれだけ愛されたか、よりも、
どれだけ自分の身を捧げたか、
自分の人生、どれだけ充実していたか、どれだけ愛に満ちたものだったのか、
それを考えるなら、愛されるよりも、誰かを死ぬほど愛した方が、
最後には自分が満足できる人生だったと言えるんじゃないかと・・・思った。

私は必要とされたい。必要とされたい。必要とされたい。
あの人が私を必要だと感じて欲しい。
いつでも、私を必要だと思っていて欲しい。
恋愛でもなく、友情でもなく、一人の人間として、
一つの魂がもう一つの魂を求めるくらいの深い感情で居て欲しい。




韓国人の男性は、思い悩んだ時、女性には悩みを打ち明けないの?
それは、男はいつでも女をリードしなくてはならないという韓国人男性のプライドがあるから?
自分の弱い部分を決して女には見せたくないの?見せられないの?
男は強くなくてはいけないから?
男は弱くてはいけないの?

私は以前、言ったよね。
人間はみんな弱い生き物だって。
男も女も関係ないんだから。
私はただ、力になってあげたいだけ。助けてあげたいだけ。
私を必要としてほしい、だけ。

弱い部分があってもいいんだよ。見せてくれてもいいんだよ。
何も言わず一人で悩んでいるのは、
貴方を愛する人がもっと苦しむことになるんだから。
タグ:韓国人 人間
posted by みよん at 13:11| ソウル 🌁| Comment(0) | ニッキ >愛について語る! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

韓流生活

韓国ドラマや映画は結構たくさん見た。一番初めに見たのはハンソッキュの映画。その後みるみるはまって韓流生活に身を置くみよん。

今まで見たの、


満月 シュリ
満月 力道山
満月 JSA
満月 殺人の追憶
満月 KT
満月 ユリョン
満月 カル
満月 オールドボーイ
満月 箪笥
満月 8月のクリスマス
満月 ドクターボン
満月 2重スパイ
満月 こっくりさん
満月 銀杏の木のベッド
満月 スカーレットレター
満月 春の日は過ぎ行く
満月 シルミド
満月 ブラザーフット
満月 頭の中の消しゴム
満月 猟奇的な彼女
満月 まわし蹴り
満月 南極物語
満月 ミラー鏡の中
満月 リベラメ
満月 野獣
満月 アタックザガスステーション
満月 リメンバーミー
満月 友引忌
満月 バイジュン

ドラマでは、火の鳥、ガラスの靴、哀しき恋歌、バリでの出来事、パリの恋人、グリーンローズ、ごめん愛してる、ジュリエットの男、


レビューは他のページで書くつもりです。

韓国のドラマや映画は最初の部分で思い切り見ている側を引き込ませる。私はこういうドラマ展開が本当に好き。その後がどんなに長くなっても「その後が気になる」と言う思いからどんどん見入ってしまう。韓国ドラマは本当に長いけど、あっと言う間に30話くらい見ることができてしまう。
ストーリーの流れが速い。どんどん次へ進む。あんなに全話が長いのにあんなに早い展開で、どうやって最後までもたせてるのか?不思議なんだが・・・
確かに途中で何度も同じような内容が繰り返されたりするんだが、それがまた早い展開で過ぎ去るのでそれほど苦にならない。私が韓国ドラマにはまる理由はそこにあり。
アメリカ映画や日本映画を見ない理由もまたそこにあり。両映画は最初がつまらない。ストーリーの流れが意味不可解だったり、スローだったり、もったいぶった演出したりで「じれったい。」

個人的にはどっぷり哀しいストーリーが好きなので、アメリカや日本のそれよりも韓国ドラマ特有の「わざとらしく涙を誘う演出」を贔屓してしまう。韓国人男優は顔が全然カッコよくないのに、どうしてあんなにカッコイイと思えてしまうんだ?やっぱり監督が偉いよ。女性の心を掴む演出が見事だったりする。細かい配慮がある。男は顔じゃないんだなーって、韓国のドラマや映画を見てつくづく感じた。日本の映画ではあり得ない。日本では、男はカッコ良くなくてはドラマにならんからね。演技であそこまで女性をノックアウトさせるのは、韓国男優の演技力が素晴しいってことだね。
(男は顔じゃないんだよ、うん。心、なんだよねー)

韓国ドラマにありがちな、子供時代のシーンから始まって、その後彼らが成長した時の恋愛物語に発展するってストーリー展開のものがあるが、私はその子供時代の話の部分が特に好きで、子供たちの素直で純粋な思いや行動が本当に美しく描かれている。私が見たのは「ガラスの靴」と「哀しき恋歌」なんだけど、両方とも子供時代の話がとても印象深くて、それがあるからその後のストーリーにも深く思い入れできる。
とくに哀しき恋歌なんて、クオンサンウの子供時代を演じた男の子がとても渋くてカッコイイ(小学生に惚れるなって?笑)子供の演技に激しく心を揺さぶられ、1時間ずっと泣きっぱなし。しかしあのドラマ、男の子が急にクオンサンウに成長するところでショックが隠せなかったのは私だけ?あまりのギャップにしばし落ち込むみよん。いきなりすぎるよー!「それから7年後・・・」とか、ちょっと間にテロップ流して欲しかったって。
ガラスの靴もいっぱい泣いたなあ。韓国人、泣かせるドラマを作るのが上手いね。これでもか、ってくらい打ちのめしてくれるんだよ。
「火の鳥」は、子供時代のストーリー部分はなかったが、若い二人の恋愛ストーリーはなかなか良かった。これもまた、最初に大泣きさせてくれた。イ・ウンジュは嫌いじゃなかったけど、あのドラマの中の彼女の役は本当に嫌いだった。最後まで主人公に共感できないドラマもないよな。私はあのドラマ、ずっと適役のミランの方を応援してたから。


韓国人は演技がうまい。子供の演技がすごくうまい。とても小さなことなんだけど、ちょっとした顔の表情の変化や、細かい手の震えなんかも実にうまく演技してる。相手を見つめる柔らかい視線とか、嬉しい気持ちから急に打撃をくらって悲しみに移る表情の変化がメチャ上手い。すごく自然で、すごく素直に演技してる。だから思い切り泣いてしまう。

私は個人的に日本のドラマや映画は全く見ない。面白くないから。若い頃は毎日見ていたけど、もう10年くらいずっと見なくなった。アメリカ映画のような激しいアクションあり、ぶち壊しシーンあり、ロボットあり、エイリアンあり、バイオテクノロジーあり、魔法あり、みたいな広大なスケールの映画も好きじゃない。

そういう嗜好であるために昔はフランスや香港などのB級映画を好んで見ていた。内容は薄っぺらなんだけど、しっとり、のんびり、ダークにドロドロしたストーリーが良かった。そういう理由で次に手を出したのが韓国映画。レンタルビデオで韓国映画を探すのは困難な時代だったが、アジア映画コーナーの棚で見つけたハンソッキュの映画がきっかけで韓国映画の虜になってしまった。

今は、韓国ドラマにハマっている「韓流おばさん」の仲間入りを果たしたみよん。
KYUと付き合い始めた頃は韓国好きだということを周りに知られたくなくて、こっそり韓国本やネットを見ていたりしてたけど、韓流ブームのおかげで今は堂々と韓国ドラマを見れるようになった。韓国好きーー!!と発言できるようになった。

しかし、やっぱり韓国ドラマは、一人でこっそり見るのが良いね。
posted by みよん at 20:53| Comment(0) | LOVE 韓国>K-POP/映画/韓ドラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月09日

きっかけは彼の冷たい態度だった

韓国語を習い始めてから既に7ヵ月も経っているのに、なかなか上達しない今日この頃・・・。今年の1月末、習い初めの頃はやる気満々で先生からも上達が早いと褒められてたけど、今は頭打ち。

最初はアヤオヨ・カナダラ(日本語で言えば“あいうえお”)の文字(記号?)を暗記からスタート。
次に基本的な「アンニョンハシムニカ」などの自己紹介文になり、
そして動詞・形容詞、肯定文、否定文、過去形、未来形、など、テキスト通りに進めて行ったまでは良かった。

そこで私は思った。

「先生、私、このような文体を覚えたいんじゃなくて、普段の日常会話や、友達感覚の言葉が知りたい!」

と、自由気ままな授業を受けられるという特権もあり、授業内容を自分好みに変更してもらうようにお願いした。

そもそも、どうして韓国語を習いたいと思ったかと言えば、
KYUに何度も無視をされ、悲しみの淵にどっぷり堕とされた日々が続いたためだ!!

どうしても自分の想いを彼に伝えたいがために、日本文をネット翻訳機で韓国語に変換して彼にメールを送った。
しかし、その韓国語がどうしても納得いかない。
英語はクールすぎて「熱い思い」が表現できない。(私の英語知識では恋愛感情の細かい表現はできへん)
日本語で書いても良かったが、うまく彼が変換してくれるかどうか不安だったし、だいたい日本文のメールを彼がわざわざ翻訳機にかけてまで読んでくれるかどうか心配だったからさ。


言葉の壁・・・これが最高にきつかった。

思いが伝わらない、表現できない・・・これが最大のジレンマ。


やっぱり、言葉を覚えるのは大切なことだと痛感した。
今年の1月、彼の冷たい態度が私の熱い思いに拍車を掛けた。

事の発端はそれ。

「こんにちは。初めまして。私はみよんと申します。私は日本人です。よろしくお願いします。」
なんて言葉は彼には必要ない。
確かに、韓国語をしっかり覚えようとするならば基礎からちゃんと勉強するのがベターだが、私には時間も心も余裕が無い。
とにかく早く彼と韓国語で会話できるようになりたい。
そして、韓国で彼を頼らずして過せるくらいになりたい。

先生はあっさり「オッケー。じゃあパンマル体から始めよう。もし韓国語の検定を受けたいならそれなりの勉強が必要だから、その時は言ってね。」承諾して下さいました。

それからと言うもの・・・

授業内容は明らかに「恋愛相談室」になってしまったのだった・・・

「先生、彼が最近メールをくれないんだけど、こういう時どうしたらいいの???」と、悲痛な叫びを先生に浴びせる。
先生は韓国人として、韓国人である彼の立場になって彼の気持ちを想定しながら私にアドバイスしてくれる。

「韓国人ってのはねー・・・」
「それは良くあることだよ、韓国では」
「韓国人はそういう考え方するよ」
など、日本人の私には理解できないことや知らなかったことをたくさん教えてくれる。
特に恋愛関連のことは他の生徒さんも先生に相談してるんだって。ラブメールの書き方とか、喧嘩したときの罵声語とか・・・( ̄∇ ̄;)

韓国訪問する前も先生に相談ばかりしてて、殆ど授業してなかった(汗)

そろそろ本格的に韓国語勉強しなくては。


私の韓国語勉強の最強武器は彼からのメール。
ちゃんと、メールの一つ一つを印刷してる。日本語対訳付きで。
自分に身近な素材の方が印象に残るし、暗記も早い。
彼の言葉だと思うと頭で覚えるより心で受け止めるからいつまでも忘れない。
彼のメールは基礎文もあれば友達会話文もあったり、尊敬語もあったりしてバラエティ豊か。
私が韓国語勉強してること知ってるから変化をつけてくれてるのかな?

最近、K−POPの曲の歌詞が、たまに理解できたりする。
3年前に聞いていたときは「お経かな?」って思ったくらい意味不明な言葉の羅列だったのが、
今になって聞くと普通の文章に聞こえるようになったんだよ。
記号(暗号文)にしか見えなかったハングル語も、
今はちゃんと「文章」として見れるようになった。

なによりも嬉しかったのは、
今回韓国に行った時、街の看板や道路標識の文字が全て読めたこと。
以前までは一語も読めなかった。特にあの特殊な記号が「文字」として認識できなかった。



英語耳、って良く言うけど、
韓国語耳、近づいてきたかな?
ちなみに韓国語目、も。(笑)
タグ:韓国語
posted by みよん at 00:03| ソウル | Comment(2) | LOVE 韓国>韓国文化・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

手を切られた娘

韓国人と日本人、韓国社会と日本社会、韓国人の家庭と日本人の家庭は、
それぞれのスピリット(精神構造)や、考え方、儒教・宗教の教えなどの違いにより、双方お互いがお互いを理解し難いものだと感じると思います。

そのような環境や育った社会が違う人種同士が、恋愛したり結婚したりするのは、理解し難い分、苦労も多く、問題も多いのだと思う。

私がKYUと付き合い出した当初は本当に困惑することばかりだった。
第一印象は「すごく大らかで、優しくて、行動力のある人」だった。
しかし、それは日本人としての目で彼を見て、日本人としての見解で彼を解釈すれば、
「なに、こいつ???」
って思うことが本当に多かった。
今、思い返せば、当時の私は困惑しまくっていた。

悪く言えば、
図々しい、傲慢、ワンマン、プライバシーの侵害、
自分本位、わがまま、エトセトラ・・・

自分の思ったことは遠慮もなく言葉に出して相手に言う。
こんなこと言ったら相手は傷つくかな?なんて配慮の気持ちはカケラもない。
また、相手に対して自分の考えを同調させようとする。
相手のプライバシーの領域に土足で踏み込んでくる。
相手の全ては自分のもの、と言う概念。

数えだしたらきりがないし!
しかし、
フォローをいれるとするならば、
彼のこのような言動は一方的なものではなく、あくまでもお互いに通ずるもの。
自分が相手にその様にする意味は、相手にもまた自分にそのようにして欲しいと考えているのである。
自分の思ったことは包み隠さず全てを明らかにして欲しいと願っている。
自分の全てを相手に捧げようとする。
自分のプライバシーも相手と共有しようとする。
自分のものは相手のものだと言う概念。



日本人の考え方と違うのは、

このような図々しく傲慢な態度も、彼らにとってはお互いをより良く知るためのコミュニケーションの一部にすぎなくて、
そのようなやりとりをしていくうちに、ふたりはよりいっそう絆を深めることができて、理解しあえる仲になれると考えている。

図々しく傲慢だ、と言う受け止め方は、日本人の概念に過ぎないのかもしれない。
私が日本人として見解で彼らを見るとき、そのような言葉で表現するしかなくなってしまうんだけど、彼らにとっては、それらの言動は決して傲慢で図々しいものだという概念はない。

言葉の違いや考え方の違いによって、
彼らは良しとしてやっていることでも、私たちには不愉快に思えたり、
彼らが本当に親切でやっていることでも、私たちにはお節介に感じたり、
彼らが心から愛しているにも関わらず、私たちには無理強いにしか思えない。

などの「心のすれ違い」が生じてしまうんかもしれない。
これは、私にとっては実に大問題なんだな。

私は今まで、KYUの言動に常に戸惑いを感じ、心を傷つけられた。

なんでこの人はこんなこと言えるの?どうしてそんなことするの?
と、彼の性格を疑う場面も多かった。
彼を信じられなくなったこともたくさんあった。
私はそのたびに困惑して落ち込みながらも、それでも
「彼を理解しよう」と言う心を持ち続け、
私が間違っているのかもしれない、私の誤解かもしれない、と、問題点を自分に向けてみて、
韓国について、韓国人について、韓国社会について、
韓国儒教について、韓国人気質について、本を読み漁った。



どれだけの数の本を読んだかな・・・図書館に行けば結構たくさん韓国関連の本が置いてあるよ。


本を読むにつれ、私は彼を誤解している部分が多いな、と言うことを実感した。
KYUを信じられなくなった時もあったし、KYUを疑うこともあったけど、
それは全て自分の狭い見解での彼の評価であり、
全て自分の日本人としての解釈での彼の評価だった。

私という未熟な人間が、どうしてひとりの男性の全てを理解できるというのか。ましてや異国の男性の全てを。


韓国人と付き合うなら、日本人の解釈に縛られないで、彼らの社会を知ることが必要だと思った。
彼らの考え方や言動は私たちには理解できないともがき苦しんでも、
それが彼らにとっては当たり前のことなんだから仕方がない。
彼らと付き合うなら、彼らのスピリットを学ぶべきなんだ。
自分の概念を相手に押し付けないで、彼らの概念を自分が知るべきだと。
それが出来ないなら相手との縁を切れば良いだけのことなんだ。


KYUは私と永遠に付き合いたいと言った。その言葉に信憑性があるのかどうかは分からんが、それでも彼はそのように思っているからこそ私にそのように言ったんだと思うし、彼が言うからには私は信じる。
彼は私と付き合うには、まず私という人間を理解しなければ始まらないと感じ、日本語や日本文化、日本社会を学ぶことに精力的になった。

彼はとても日本を愛していて、日本を尊敬している韓国人。

私は彼の努力の姿を見てそれを実感した。



彼のそのような直向きな姿を見て、私も強情にならず素直に韓国を見つめようと思った。
悪い噂ばかりが世間では取りざたされるが、それは膨大な情報の一部に過ぎない。それが韓国の全てだと勘違いするのは良くないと思った。

韓国が嫌いな人は、韓国の悪い噂や情報ばかりに飛びつく。決して「良い部分」を見ようとはしない。
私は韓国人が素晴しい人種だと思っているわけじゃない。
それは日本人も同様。
世界中の人々が同じようなもの。
アメリカ人だって、世界を仕切ってヒーローぶりをアピールしているが、
彼らが優れた人種だとは到底思えない。
ロシアだって中国だって、ドイツだってフランスだって、
歴史の中で間違いを多く犯しているし、現実社会も傍目では発展しているように見えて、実際は崩壊に向かっていると感じる。
本当に素晴しい国、なんて皆無だと感じる。


私は世界を語れるほどの知識はないから大きなことは言えないが、
一個人として、一個人の韓国人を知ることはできる。
韓国社会や政治が日本に悪影響を及ぼしているのは事実だけど、
日本もまた自分たちでは気づかないところで他国を傷つけているのかもしれない。

国と国の国交問題は私には難しいし、私が何とかできるものでもないので、それらの問題は専門家に委ねるとして、

私がはっきりと実感したのは、

韓国人の若者たちは、社会や教育の中で反日を背負わされながらも、
自分たちの賢い頭で、素直な気持ちで日本を見つめ、
日本の素晴しさを体験し、実感し、日本に憧れて、尊敬している人が実に多い。
そして、その現状に気づかない日本人の若者が実に多い。



日本の悪口をネット上で繰り広げているネット専門住人たちは、
ネットの世界の中でしか日本を見ていない人たち。小学生や中学生など子供が多い。また、大人がいたとしても、家族の中に反日感情を持つ両親がいたり、祖父母がいたりして、その影響を大きく受けている人が多い。

彼ら若者が、家族から自立して、社会を自分の目で確かめることができた時、人から聞いた話ではなく、自分の体験の中で日本人を知り、日本人と共に仕事をしたり、付き合ったりしていく中で、
本当の日本人の素晴しさを感じられるのだと思う。そして、
政治問題などのややこしい話は、それはそれ、これはこれ、であり、
一個人としてお互い友情を築いている日本人と韓国人は多いはず。

一個人間で問題が起こるとするならば、それは異国人同士なら仕方のないことであり、それでもなお良い関係を築き上げようとしてお互い助け合って努力しあう。

ノムヒョン大統領と小泉さんがいがみ合っている間にも、
個人的に仲良くしている韓国人と日本人は増え続けているんだと思う。



私が母親から教わったことで、

「どんなに嫌いな人でも礼儀だけは忘れずに」
「嫌いな人でも良い部分を見つけようと努力しなさい」
「嫌だと思っている人でも、いつ、どこで、何らかの形で世話になることがあるかもしれない。それを忘れずに相手には常に謙虚に。」

これらの母の助言は、ずっと私の中に根付いているけど、実行するのは結構難しい。
でも、人間関係をうまくしたいと思う時など(仕事上など)では、良いアドバイスだと思う。



人とうまく付き合うには、

まず、相手を知る!

表面的な部分を眺めるだけで相手を理解したと勘違いしないで、
どうしてもその人と付き合っていこうと思うなら、
例え嫌いでも、ムカついても、
もっと相手を知ろうと、自分が努力することが必要だと思った。
そして、相手の本心が見えたときに自分の考えを決定すればいい。



他人から教わることは実に多い。良い部分も悪い部分も。
自分が嫌だと思ったからといって、どんどん他人を排除していけば、
残ったものは何もない。自分が最後には孤独になってしまう。
もっと相手に興味を持ち、本当の相手を知ることが、相手との繋がりを深めるんだと。



私は個人的には、

韓国と日本は仲良しになって欲しいと思ってる。
韓国と日本がタッグを組めば無敵になるんじゃないかな、なんて想像したりする。
韓国人の熱い魂、日本人の冷静な見解が上手くマッチすれば、
めちゃイケてると思うんだけどな。
posted by みよん at 16:29| ソウル ☁| Comment(4) | LOVE 韓国>韓国人について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国の家族・家庭

「私は結婚しなければならない」

韓国人男性がある程度の年齢に達すれば、殆どの人がこのような責務の感に囚われる。
「結婚したい」のではなく、「しなければならない」とは何なのか??
現代の韓国社会で、このような古風な結婚概念がまだ根強く残っているのか?と、個人的に疑問に感じたりすることもあるけど、
どうやら、、、まだまだ家族の中での長子としての責任感は強いらしい。
結婚したいと思う相手がいるから結婚しなければならない、んではなく、
相手がいなくても「しなければならない」って、見えない重圧が圧し掛かってくる。

日本でも、そのような結婚についての風潮が見られる地域もまだあると思うけど、今の日本では[恋愛=結婚]
好きな人ができて、いつも一緒に居たいから結婚する。
それは二人の個人の結びつき、二人の恋愛感情で結婚を意識するが、
韓国では結婚を意識するとき決して無碍に出来ない「親の存在」
二人の気持ちよりもまず親を意識せざるを得ない。

日本は、
相手が好きだから結婚する。親とは同居したくない。二人きりになりたい。
親の面倒はみたくない。親に口出しされたくない。親と離れて暮らしたい。
そして二世帯住宅のような合理的建築が生まれたりする。
親に逆らう。親に口出しされたくないのに、親には口出しする。
親の助言を聞かない。二人だけの世界を作りたいと願う。
両親や祖父母は家族なのに一緒に暮らさない。
次々に新しい家を購入して、少人数家族が大多数となる。

全てがこのようだとは言えないけど、
まぁ、こんな傾向にあるって感じですか?
でも、これはこれで問題あり、とも思えるけど。

日本の結婚は実に自由で幸せいっぱい〜♡って感じも受けるけど、
実際そうでもないよなぁ・・・
好きな感情とか、トキメキの気持ちなんて永遠ではないから。
その気持ちがなくなった時に、さぁどうするか、が問題。
好きな気持ち、トキメキがなくなっても二人の間に深い絆や愛情があればOK。信頼関係や、相手を尊敬する気持ちがあればOK。
でも、最近は結婚をノリでしてしまったり、
出来ちゃった婚などで、相手を良く知らないまま結婚したり、
結婚に憧れるという理由で結婚しちゃったり・・・

つまり、親や年配の人の助言も聞かず、未熟な人生経験で若者は自分たちだけで結婚を決めてしまう。これはやはり間違っていると思う。


韓国は、
まだまだ家族の繋がり意識が強いし、両親を敬う気持ちが大きいし、親に逆らえないし、親の権限は絶大だし、
そして結婚もまた、そういう強い繋がりの家族の中での一大イベントなわけで、決して愛する若者ふたりだけの問題ではないみたいです。

強靭で恐ろしいほどの家族愛の上で、それぞれお互いが結びつく。なんて責任重大なんでしょうか・・・ 親を大切に考える社会で、結婚も親を中心に(重点にして)決めなければならない。これでは結婚を簡単に決められないよね。(つまり、相手を簡単に決められない)


日本人から見たら、
「マザコン」「親も説得できないの?」
「親の言いなりになって、結婚しても親にずっと監視されるのか?」
「親のために結婚するんじゃない。自分たち二人の問題だ」

と、反発したいところだけど、
でも、もし、相手が韓国男性で、自分が日本女性なら、
相手の社会、相手の風潮に合わせなければならないのは日本女性の方だ。
これが反対に、日本人男性と韓国女性の結婚ならば、
韓国女性は日本人男性の風潮に合わせるべきだと思う。

社会で働くのは男性だし、その男性の生きる国に嫁ぐなら、その国・社会のルールを守らなければならない。女性が国の秩序や社会のルールを守らなければ、夫が社会で生きていけなくなるからだ。そして、また夫が社会で生きられなくなれば妻も危機に面してしまうから。

男女平等に反すると言われるかもしれないけど、私はこの考え方が「男女不平等」だとは思わない。郷に入りたら郷に従えってことなんだと思う。それだけのことだと思う。それが難しいことではあるのだけれど、でもそういうこと。守るべきルールがあるってこと。

韓国男性と結婚しようとして、

「俺の両親に気に入られるようにしろ。俺の両親の言うことを聞け。俺の両親の嫌がることはするな。俺の両親を敬え。」などのように一方的な条件を叩きつけられ、私たち日本人女性からみたら、あり得ない〜!絶対に耳に入れたくなかったその言葉!と、反撃したくなるわけだが、

彼が好きなら、彼と一生付き合って生きて行きたいと願うなら、
無条件降伏するべきなんです。
一見、彼のワンサイド発言に思えるんだけど、
彼も韓国男性としての立場上、家族の中での責任として、社会に生きる男として、これは妻に対して当然の条件なのだから。

妻となる女性は、愛する彼がそのように自分に言ったなら、
彼は自分を認めてくれたんだ!と、喜ぶべきなんです。
彼が何を発言したか、無茶を言うな!と、反発するのではなく、
彼の言ったこと、それだけを守っていれば全て安泰なのだから。

口で言うのは簡単だけどね〜。
長年、自由気ままに生きてきた日本人の私たちには、
韓国のこういう家族社会、家族繋がりは、身震いするほど受け付けない現象かもしれないが全ては彼のため、諦めです。

彼と結婚するなら受け入れるべきってことです。どうしても自分は受け入れたくない、その条件を呑めないというなら、彼との結婚は諦めるべきなんです。



彼と別れたくない。でも、彼の条件は受け入れられない。
そう発言している女性は結婚を理解していないからそのように言えるのです。
言い換えれば、単なるわがまま。

そんなの私じゃない。自分の本当の姿じゃない。自分を曲げてまで相手の条件を受け入れるのは自分の本来の姿じゃない。

それはそうかもしれへんけど、
恋愛しているときは「利己愛」でも許されますが、
結婚は「利己愛」では通用しません。

利己愛とは、自分を愛しているってこと。そして愛情が自分本意ってこと。



例え相手が韓国男性じゃなくてもね、
日本人と結婚したって、ある程度は同じようなもんです。

日本人男性は結婚前に「俺の両親に気に入られるようにしろ。俺の両親の言うことを聞け。俺の両親の嫌がることはするな。俺の両親を敬え。」なんて決して言わないだろうけど。

でも、蓋を開ければビックリ!親に反抗できずに、しかも妻の味方にもなれない男性が実に多い。自分は仕事で忙しいから、親と妻の諍いまで介入していられない、なんてことで、妻が不満を爆発させているケースが多いみたいです。

そしてそのような妻のイライラや不満・愚痴を毎日聞かされ、夫は家に帰りたくない病になる。



韓国人のように、最初から既に「親の言うことを聞いておけば良いのだ!それで全て丸くおさまるのだ!」と、断言されてしまった方が気が楽になれるかもしれないかも。

そういう社会で育った彼らは、親に逆らわずに生きてきたわけだから、結婚してもその意識は無理強いされている感覚にはならない。日本人ほど不愉快に感じたり苦しんだりしないのかもしれない。

だから韓国男性は、最終的には韓国女性を結婚相手に決めてしまうんだ。
日本人としてのプライドや、考えを決して曲げない武士根性も良いけど、
愛する彼の前では「か弱くて守ってあげたくなるような女性」を演出してみても良いかな、って思った。

それは本来の自分じゃない!なんて思ったりもするけど、
反対に考えれば、
韓国で結婚したって日本で結婚したって、
幸せでハッピーな暮らしは殆どない。苦労や苦痛やストレスの毎日。

本当に愛する彼氏が韓国人なら、韓国人の女性となって彼を支える決意をすることです。
それができないなら、彼との結婚は諦めれば良いのだし、
日本人の男性と付き合えばもっと楽になれるだろうから。





日本の家庭での大きな問題として、
親が子供を虐待して殺してしまう。また、子供が親を殺してしまう。
という事件が実に多い。

「どうして親を殺したんだ?」
「親を恨んでいた」


親を殺す理由が「恨んでいた」・・・
確かにその親は、子供にとって良い親ではなかったかもしれない。
でも、親は子供の成長を見守り、そこまで大きく育てたのは親。
たとえ良い親ではなくても、親があったからこそ子供は成長できたわけだから、
いったい、何に関して恨んでいたのか・・・
恨みの感情を覚える脳の解析回路がおかしくなっている。
子供が親を簡単に殺してしまう時代となってしまいました。

こんな社会、こんな日本人の家庭、どうですか?



そして自分の子供をおもちゃのように扱い、殺してしまう親も同じ。
子育てのストレスや夫への不満から小さな子供を殺してしまう。
幼児虐待の事件は一番胸を痛めますね。


私が思うに、
寂しい事件の背景には核家族化の問題も一因だと思うんです。

私の知り合いは、結婚して子供が生まれた時に、その子供を虐待していました。夫は仕事に出かけ、親は同居してなくて、日中は子供と自分の二人だけ。

子育ての疲れとストレスから毎日子供を殴っていた。理由もなく。
自分ではいけないと思いながらも、胸の衝動が抑えきれずに殴ってしまうそうです。

耐え切れなくなった彼女は夫の母親に電話したそうです。
返ってきた姑の言葉は、
「バカだね、そんなことしてたら死んじゃうよ?」
その一言だけ。

なんとその一言だけで彼女はその日から子供を殴らなくなったそうです。
その言葉が彼女の胸を打ったのではなく、
姑の軽い言い方が、逆に重く感じられたとのこと。

また、自分の子供が自分だけのものではないと悟り、家族の中の大切な存在だと認識できて、その子供を世話するという重大な責任を自分が持っているんだと感じた。

姑に文句を言われると覚悟して電話したのに、意外にも何も責められなかったこと。
そして何と言っても、自分の苦しみを誰かに打ち明けたという開放感が彼女を救ったと言うのです。



一人で悩んでいないで、第三者に相談する。
例え相手が適切なアドバイスをくれなかったとしても、
誰かに自分の知られたくない部分を打ち明けたことにより、
自分が解放される。

相談した相手が例え血の繋がらない夫の親であっても、
その家族の繋がりを感じた時、彼女は自分の子供を非常に愛しく感じたとのことです。



私はその話を聞いたとき、
人間って、なんて弱い生き物だろうと思った。
そしてまた、人間って、常に一人では生きていけないんだな、
人間っていつも誰かを必要としているんだな、
って、実感した。

そして、人間は、心や情の繋がりによって、強い意志を得られるんだなとも思った。



韓国の家族の絆は日本人には理解できないことも多いけど、
彼らの教えや教育から学ぶものは多いと思う。

親を敬い、親を心配し、親を安心させてあげたいと思う信念は、自分の行動にも関わってきて、自分の行いや感情が迷わない。ある程度、上手く保たれると思う。

自分のために何かをする時の人間は、常に弱い。
でも、誰かのために何かをしてあげる時の人間は強い意志を持つ。
それが真の愛情だと思う。



神も信じない日本人。
親さえも殺してしまう日本人。
もっと、信じるもの、守るものを持つべきだと思う。
そして、その人たちの助言を聞き入れる耳を持つべきだと思う。

その人たちの愛情を受け入れる体勢になるべきだと思う。



親の言いなりになるのではなく、親の経験した知識を頂くのだと思えばいい。
口うるさく言うのは、自分に愛情があるからだと思えばいい。
無視されるほうがよっぽど辛いことだ。

誰も周りに居なくなることの方が、よっぽど悲しいことなんだから。
posted by みよん at 16:13| ソウル ☁| Comment(2) | LOVE 韓国>韓国文化・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

恋のすれ違い(タイトル抜粋)

ここ一週間くらい気が滅入る生活の中で、自分なりにいろいろ考えて試行錯誤して、自分なりの心の整理をしたつもりです。
恋愛・結婚について。

韓国は家庭に安定を求めると思う。だから結婚もそれを前提に決めなければいけない。日本のように「愛してる」って気持ちだけで結婚することは不可能なんだよね。そういう社会なんだ。そういう意識なんだから。日本人には分からない社会なんだから。韓国人と付き合うなら、韓国の社会を知るべきなんだ。知らないから彼らの意識に苦しむんだから。だからそれを理解してくれる韓国女性を最終的には選ぶんだから。たとえ愛がないとしても、彼らはお互いを理解してくれる相手を選ぶんだから。両親が安心できる相手を選ぶんだから。

韓国人の友達がいた。彼は日本でホストをしていた。彼は一度は親の決められた相手と結婚することになった。それが韓国では一番良い(一番安心できる結婚)ことなんだから。相手が本当に好きではなくても、それが韓国の結婚なんだから。
でも彼は韓国人長男としては異端児だった。彼は好きではない女性と結婚することに疑問を持ち、結婚する直前に全てを破談にして一人で日本に来た。恋愛が自由な日本に。
そして彼はホストでお金を貯めて、親に文句を言われないように自分で自立しようと考えた。そして彼は私に言った。

「俺は一度は親の言いなりになった。でも、もう二度と親の決められた道を歩むことはしない。俺は自分で将来を決めたいから。」

日本人の私から見れば彼はいたって普通の考え方だと思う。
しかし彼の言葉は、韓国ではどれほどタブーなことなんだろうかと思う。
彼は親も国も捨てて一人で生きる決心をした。これはたぶん、今の韓国社会では、まだまだ受け入れられない考え方だと思う。

以前ブログにも書いたけど、私は数年前にKYUの友達の韓国人カップルに会ったことがある。美男美女の二人で、とても仲が良くて、彼が彼女をとても可愛がっているって様子で素敵なカップルだった。
二人は結婚する約束もしていたみたいだけど、
彼女の母親の一方的な反対のため、二人は泣く泣くお別れになった。
私は二人の様子を見ていて、絶対に結婚したら素敵な夫婦になるなって思った。お互いとても愛し合っている様子だったから。
だけど、当人二人の思いがどれほど強くても親の反対には逆らえない国。
彼は何度も彼女の母親にお願いしに行ったみたいだけど、
最後まで彼女の母親は許さなかった。
彼女の母親の反対の理由はただ一つ。
ひとり娘の結婚相手は「金持ちの男に限る」と言う理由。
彼は仕事もちゃんと持っていたし、彼女を大切にしていた。
でも、彼女の母親は、金持ちの男性でなければ、どんなに愛し合っていても許さなかった。
韓国の結婚は「愛している」と言う気持ちだけで出来るものではないのだな、
私はそのカップルの破局を通じて韓国の「結婚という文化」を目の当たりにした。

今まで何年も付き合ってきた女性と「親の反対」と言う理由だけで別れるのは、韓国人として生まれ生きてきたとしてもやっぱり辛い苦しいものだと思う。
情の厚い韓国人だからこそ、何年も付き合った愛する女性と別れるのは難しいことだと思う。しかし、そんな苦しい選択を、意を決して決断できてしまう彼らの潔さもすごいことだと思う。また、自分の意に反してそのような決断を迫られてしまう韓国人の「家族」という意識の重さに驚くばかりだ。


私は、日本人として生きてきて、恋愛も経験してきて、
日本的な恋愛概念で韓国人のそれを見ていたら、
彼らの結婚に対する考え方は如何に不可解なものかと感じる。

「親が反対するから結婚できない。」
「親を苦しめるような結婚は選べない。」
「親を安心させたい。」
その理由で「愛している」彼女と決別できてしまう彼らはすごい。

日本なら、親の反対に遭えば「駆け落ち」の手段を簡単に選んでしまう。
恋愛・結婚に関して親の意見の比重が明らかに低い。
「愛している」と言う気持ちさえあれば、親の許さない結婚でも出来てしまう。
しかしそれは結婚としてのルールがあるわけではなく、
日本人には親に対する感謝の気持ちや親へのいたわりの気持ちが、韓国人よりも薄い傾向にあると感じる。

まだ私が韓国に関して意識も薄い頃、本屋で立ち読みした「韓国を知る本」を読んだことがある。
韓国ブームもまだなかった頃なので、今のように韓国と言う国を良く知る機会もなかったから、その本は当時の私には衝撃的な内容だった。
その中に「韓国人の結婚」と言う項目があった。
韓国人の結婚はとにかく親の反対が多いらしい。当人が決めた相手と必ず結婚できるものではないらしい。
そして韓国人の結婚はとにかく「母親」が口を出す。
母親の意見が強いらしい。
母親はとにかく相手に難癖をつけ、お互いの母親同士の争いに発展してしまうこともあるらしい。
母親が「だめだ」と言えば、絶対にだめ。それで終わり。
彼らは親が納得できる相手と結婚しなければならない。
少しでも二人の間に問題点があるなら、それを何とかしてクリアにしなければいけないし、クリアできない問題なら既にその結婚はあり得ないものだと断定されてしまう。

オ・ソンファの本に書いてあった。
韓国の若いカップルは期間限定の付き合いをすることもあるらしい。
何年の何月何日まで付き合おう。その日が来たらキッパリ別れる。
そういう約束をして二人は付き合いをスタートさせる。
1年、2年付き合えば、お互いに情も湧き、二人は深く愛し合うようになる。
それでも期日が来れば、どんだけ愛し合っていても二人は潔く別れてしまうのだそうだ。
信じられない・・・私は納得できない。
私には無理だ。好きだったら絶対に別れられない。私なら。
でも、彼らはそれが出来てしまうんだって。たとえどんなに相手が好きでも。
そういう概念なんだから。そういう社会なんだから。
国が違えばスピリットも違う、ものの考え方も違う、社会も違う、
社会が違えば当然、人々の暮らしや生活も違う。
私たちの常識は、韓国人の非常識、
韓国人の常識は、私たち日本人には到底理解できないものなんだ。

韓国人が間違っている、彼らはおかしい、彼らは変だ、なんて、何故言える?
日本人の基準で相手を見てるから「変」に決まってるジャン。
じゃあ、日本人は絶対に正しいのか?
何もかも、日本人は優れているのか?
日本人だって他国から見れば当然「変」な人種であると思う。
日本人の考え方のものさしで相手を測ったって、自分たちの基準に合うはずがない。
韓国だけじゃなく、世界中の国の人々は「変」って結果になるはずだ。

だって、日本人の考え方は、
私たち当事者は気づかないけど、
ガイジンから見たら明らかに「変」なんだから。

日本はある意味「自由の国」だと思う。恋愛も結婚も仕事選びも何でも自分の思い通りにすることが出来る。社会も文化もルールも自由の国。
だけど、それが絶対に正しいとどうして言えるのか。
韓国人のように親を敬い尊敬する気持ちが日本人には薄いってのはどうかと思う。
彼らの家族への思いの深さは素晴らしいものだと思う。
情報として言葉では聞いていたけど、
実際KYUとの付き合いでその思いを実感できた時、
私は最初とても信じられなかったけど、
今では韓国人の熱い情は私にとって尊敬するものになった。
KYUは私の両親をとても大切に考えている。
私の両親をすごく尊敬してくれている。
そして私の母親が悲しむようなことは絶対にしないようにしている。
私の両親が韓国人を信用できないと言えば、彼は何としても理解してもらえるように、
両親の前で礼儀を守り、頭が地面につきそうなくらい深いお辞儀をして、
両親に受け入れてもらえるように、
日本人のスピリットを学び、文化を学び、言語を学んで努力している。
私は最初、彼のこのような姿勢を見ながら、
「そこまで親に媚びる必要もないのに・・・」って思ったりした。
浅はかな考えだと反省した。
彼らにとって親を重んじる姿勢は「当然の礼儀」であり、当然の気持ちなんだから。
そしてKYUが私の両親にここまで真剣に接してくれることは、
私にとっては誇りでもあった。


余談・・・・・☆
韓国人の男性は「ママボーイ」と言われて日本人にキモがられているけど、
私は反対に、彼らの母親に対する深い愛情は素晴らしいものだと思う。
韓国人のママボーイ傾向は、日本人が考えているような「マザコン」とは全く違う。
日本のマザコンは、母親に甘え、母親に頼り、親離れ出来ない子供みたいな幼児的な精神だと思う。
それは母親に対する愛情ではなく、自分を愛して欲しいばかりの気持ちが現れている。
でも韓国人男性の母親に対する愛情は、
母親を心配し、母親を大切にし、母を敬い、母親を悲しませたくない、
そのように、自分はもとより、母を一番に思っている考え方だから、
日本のマザコンとは明らかに違う。
・・・・・・・・☆



私は、韓国人の文化、スピリットは頭で理解できるけど心で受け入れるには、
まだまだ時間がかかりそう。と言うか、一生無理なのかもしれない。
理解するのではなく、「諦める」しかない、のではないのか?
何十年も日本で生きてきて、今、急に全く違う文化を自分の中に流し込めば、
副作用と言うか拒絶反応が出てしまう。
それを何とか受け入れようとすれば、自分の心を激しく傷つけてしまう。
そのようにして頑張ってきたけれど、
最後はやっぱり自分を破壊してしまうのではないか。
そしてもちろん相手も傷つけているのは確かだ。

文化やスピリットが違う、国や言語が違うってのは、
多くの問題を産み、そしてそれを克服するのは不可能だと感じた。
「愛してる」だけの気持ちで、全てを丸く治めるのは無理。
「愛してる」の気持ちさえあれば全て乗り越えられる、なんて、
若い頃は思っていたけど、
現実がそうさせてくれないと言う理不尽な世の中をずっと見てきたから・・・
今はもう、全てが諦め。

時には諦めることも必要だと思った。
諦めれば、自分を守れるから。
posted by みよん at 17:33| Comment(2) | LOVE 韓国>韓国文化・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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